【福博今昔通り物語】vol.2 明治通り編~「貫線」の名で親しまれ

 福岡市の都心部を東西に走る「明治通り」。すっかり定着した感がありますが、この名前が付いたのは30年前の1989年。かつては「貫線(かんせん)」「電車通り」などの名で親しまれてきました。明治、大正、昭和、平成と、福岡の発展を支えてきた通りは、「令和」の時代に向け、さらなる変貌を遂げようとしています。
提供:明月堂
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電車敷設で整備 明治時代にゆかり

 福岡市の中洲地区や天神地区などを走る「明治通り」。同市博多区の千代2丁目交差点から同市西区・小戸西交差点までの10.2kmで、正式な路線名は「市道千代今宿線」です。

 この通りは1910年、同市で開催された博覧会「九州沖縄八県連合共進会」にルーツがあります。路面電車を走らせるため道路が整備され、「福岡市土木史」によると当時としては破格の幅員18mの道路が建設されました。戦後の土地区画整理事業でさらに拡幅され、道路の両側にはビルが立ち並び現在の姿へと発展していきました。

1971年。路面電車と車で混雑する通り

 「貫通線」という路面電車の路線名から、「貫線」などの名で親しまれてきましたが70年代、市営地下鉄の建設に伴い路面電車は廃止。89年、市制100年を記念して市が道路の愛称を公募した際、「明治通り」に決まりました。道路の大部分が明治末期に整備されたことや、福岡市の市制施行時の元号「明治22(1889)年」などにちなんだとされ、元号と縁深い通りでもあります。

数々のパレード 再開発が進行中

 5月に開かれる「博多どんたく港まつり」のメイン会場「どんたく広場」となるのが明治通り。パレードでにぎわいます。
 
 かつてはプロ野球・西鉄ライオンズの優勝祝賀パレードがあり、そして現在は福岡ソフトバンクホークスのVパレードが行われます。1933年8月24日付福岡日日新聞(西日本新聞の前身)朝刊のよると、ドイツのハーゲンベックサーカス団が来福した際、象やラクダなど数十頭が、この通りを含め市内を行進したことも。

1956年。紙吹雪が舞う中、優勝パレードを行う西鉄ナイン

 明治通り沿いでは現在、再開発事業「天神ビッグバン」が進行中です。同市中央区では各地で高層ビルの建設計画が進んでいます。変わりゆく明治通り。新たな顔を見せそうです。

2019年。明治通り沿いでは再開発が進む

◆~ちょっと寄り道~近くの通り散策◆ 「福博プロムナード」

 明治通りの南側を走る遊歩道「福博プロムナード」。その一部として那珂川に架設されたのが「福博であい橋」です。商人のまち「博多」と武士のまち「福岡」を結ぶ場所ということで、この名が付きました。民謡「黒田節」の杯などをモチーフにした飾りがあり、CMや映画、ドラマなどの撮影地としても知られています。1990年の開通式では、当時の奥田八二・福岡県知事と桑原敬一・福岡市長らが橋の上で綱引き合戦をし、福博の商圏発展を祝いました。

「福博であい橋」開通式で綱を引き合う奥田知事や桑原市長ら=1990年

「博多川通り」

 博多区を流れる博多川沿いにある「博多川通り」。通り沿いにある川丈旅館の前に「五足の靴」文学碑が建っています。1907年、与謝野鉄幹、北原白秋ら歌人・詩人5人が九州を旅し、寄稿文「五足の靴」を新聞に連載。5人が同旅館に宿泊したことを記念して碑が建てられました。

「五足の靴」文学碑

企画・制作/西日本新聞社メディアビジネス局

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【福博今昔通り物語】vol.3 渡辺通り編~博多商人の名に由来
※掲載されている情報は、2019年12月時点の情報です。プラン内容や価格など、情報が変更される可能性がありますので、必ず事前にお調べください。
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