アフリカ大陸【西サハラ】世界地図で「白か薄い色」で色分け表示される場所、そして危険な子どもたち

【Go to 西サハラ】

女王の仕事は依頼を受けたら、まず世界地図を見ることから始まる。
世界地図は常に肌身離さず持ち歩いているし、部屋にも事務所にも貼ってある。
小学生の頃、友達や先生と世界地図を広げ「地図当て」をしていたことを思い出す。
女王はお題に出された国や首都の場所を見つけるのは誰よりも早かったのだが、まさか、その能力が大人になって発揮されるとは思ってもみなかった。
西サハラ…もちろん、その地も難なく見つけることが出来た。

西サハラはアフリカ大陸の左上、沿岸沿いに位置する。
世界地図上では、色が白抜きになっていたり、薄い色や他地域とは異なった色で分けられる事も多い。
これは、西サハラがどこの国に帰属するかが明確でない為だ。

それでは西サハラのことを少し。
(※歴史はかなり簡略化して書いています。)
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沿岸地域や一部の都市を除き、西サハラ全土はほぼ砂漠。
 
人口約30万人、宗教はイスラム教。
公用語はアラビア語の方言、ハッサニア語。
あとはフランス語やスペイン語も通じる場合もある。
最大都市はラユーン。
 
複雑な歴史背景は…
 
1866年にスペインの占領下におかれ、その後、1975年にスペインは撤退。
モロッコは領有権を主張し、西サハラの人口を遥かに上回る35万人で侵攻。 
それは「緑の行進」と言われる。
しかし西サハラのすぐ下にあるモーリタリアも黙っておらず、後に両国から分割統治を受けると言う複雑な形になる。
 
もちろん、西サハラだって抵抗している。
スペインから解放された後、1976年に「サハラ・アラブ民主共和国」として独立を宣言し、独立運動を行う組織「ポリサリオ戦線」は、まずモーリタリアに攻め入る。
有利に戦争を進めた西サハラは、1979年にモーリタリアから独立を果たしたが、モーリタリアが放棄した地域をすぐにモロッコが不法占拠。
1988年にポリサリオ戦線とモロッコは国連の和平提案に合意。
その後、停戦。
 
国力があったモロッコは西サハラのインフラ整備をどんどん押し進め、ポリサリオ戦線がモロッコに攻め入らないよう、サハラ砂漠を利用し、国境に砂を高く積み上げた「砂の城」を形成。その周囲に鉄条網と地雷を張り巡らし防御している。
砂の壁はイスラエルがヨルダンの侵攻や自爆テロを防ぐために作られた「分離壁」を参考にしており、イスラエル軍の支援があったそうだ。
 
現在の西サハラは国連監視下のもと、独立の住民投票が行える状態ではあるが実施の目途は立っていない。
 
住民投票は「スペイン領・西サハラ」時代に住民登録があった人々が対象だが、遊牧民が多かったこと、戦争中に難民となり国外に出て行った人、住民登録さえしていない人もかなり多いので、投票は行えないのが現状。
ポリサリオ戦線とモロッコの間で住民投票を行う基準の話し合いも折り合わず結局は、モロッコに依存中。
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そんな状況の西サハラ。
先の人生、モロッコに行くことはあっても、西サハラはないだろうと考えると、珍国魂に火が点く。
張り切ってご紹介せねばと、気持ちはブラインドタッチでキーボードを叩く。
 
さて、西サハラへはモロッコのカサブランカを経由し、最大都市のラユーンへ。
現地でのドライバーは西サハラの人だが、もう一人の案内役はモロッコから来ていた。
歴史的背景があるのに、この二人は大丈夫なのか?と心配になったが、帰るころには、そんな心配は飛んでいた。
 
さすが、ほぼ砂漠地帯の西サハラ。
車で少し走ればすぐにサハラ砂漠の一部と出会う。

こういう光景を見ると街中にいるのか、砂漠にいるのか分からなくなる。

西サハラは大西洋沿いに位置する。

波が引く時に、石と石がぶつかりあって「ガラガラガラ~」と音を立てる。
それが珍しくて、すごく面白かった。

仕事そっちのけで、お気に入りの石探しに夢中になり、いつの間にか1時間以上の時間を費やしてしまった。
ドライバーと案内人はそんな女王を温かい目で見守って…
という様子は微塵もなく、おしゃべりに夢中。
石を求め過ぎた女王、気付けば二人の姿は米粒ほどしか見えない場所に。
おしゃべり男達はそんな女王に気付かない…
他国でも感じたことだが、イスラム教の男は本当におしゃべりが好きだ。
 
西サハラは沿岸に位置しているので、漁業がとても盛ん。
マグロ、イワシ、そしてサメなど様々な魚が獲れる。
日本のスーパーに並ぶ、モロッコ産の「タコ」は、ここ西サハラから輸入。

漁港で見た光景。荷台の中は生のお魚が。
「ご自由にお持ち帰りください。」と言わんばかりの状態。
漁港にトラックが停車している時から、取りたい放題…。

次は街中へ。
首都の中心にある「中央市場」はモロッコ国王の為に、モロッコが作ったとか。

ひときわ目を引いたモスク。美しいのだが、斜めに傾いている…。

ここはスペイン占領時の旧市街地。一番の繁華街。

地元の人が集まるマーケット。日用品は粗悪品ばかりで、マーケットの人も嫌気がさすとか。

決して洗練されているとは言えない、ローカル色強い独特な雰囲気。

地元民には日常の光景なのだろうが、日本人にとっては魅力的な雰囲気。

西サハラの窓や扉は、古さの中にとても良い雰囲気を醸し出す。

お土産物屋さんや宝石屋さんの扉。

家を建てる時は、こういう扉にしよう。

中心部からは少し離れた所にある、モロッコ様式の住居。

 住居の周りにいた子供達。

前々から「モロッコの子供は危険だ。」と聞いていたが、ここは西サハラ。
勝手に田舎だから大丈夫だろう~と、女王は油断していた。
この子達、最初は愛想が良く、面白がって撮影の邪魔をしていたのだが、だんだんその行動がエスカレート。
 
「日本人だろ!金持ちだろ!!金を出せ!何かくれ!」
 
とわめき出し、カメラやバッグを守る女王は危うく倒されそうになった。
おしゃべり好きなドライバーも案内人もさすがに顔色が変わり、女王お守り態勢に。
車に急いで乗り込もうとするが、帽子は取られるは、髪の毛や洋服は引っ張られれるわ、それを叩いて、振りほどきながら車内へ。
子供の数はどんどん増え、車は前に進めない。
ドライバーがクラクションを鳴らし続け、地元の大人が割って入り、やっと脱出成功。
女王は日本人であったため、最初は物珍しかったのだろうが、金を取れると考え、豹変したのだろうと…おしゃべり男達は言う。
 
これも行ってみないと分からなかった西サハラ。勉強になった。
 
「やはり珍国に油断は禁物である。」

事前予習で「西サハラの人々はモロッコからの独立が悲願である。」
という印象を受けていた為、最初の方に書いたように、
地元、西サハラ人であるドライバーと、モロッコ人の案内人がうまくやってくれるのか心配だったが、やはり人と人って素晴らしい。
人と人の繋がりには国の問題は関係ないことを感じた。
 
二人とも終始にこやかで、ずっとおしゃべりに没頭していた。
運転中も、散策中も、食事中も、お互いのことを良く話し、情報交換をしあい、とても仲良くなって、別れが惜しそうだった。
 
ホテルやお店などでも、案内人が
「モロッコから来たんだよ~。」と言っても、地元の人と対立することは一切なく、言い争うこともなかった。
 
住民投票とは言っているが、やはりここは一つの国なんだと感じた。
経済的にモロッコ依存が強いので、実際には独立は無理であろう…という現実も多く目にした。
 
モロッコ支配に抵抗する「ポリサリオ戦線」のテロ行為は今も続く。
ISIS、ボコハラム、アルカイダなどの過激派組織などのせいで、アフリカの情勢はますます不安定で、危険なものになってしまった。
 
人と人は心で繋がることが出来るのに、人が人を不幸にしている現実。
平和的な日常の光景はどの国も、とても美しい。

※掲載されている情報は、2019年12月時点の情報です。プラン内容や価格など、情報が変更される可能性がありますので、必ず事前にお調べください。
2019年10月1日からの消費税増税に伴い、表記価格が実際と異なる場合がありますので、そちらも併せて事前にお調べください。

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