炭鉱王・伊藤伝右衛門と筑紫の女王・白蓮が過ごした豪華絢爛な旧邸

「筑豊の炭鉱王」と呼ばれた伊藤伝右衛門が、「筑紫の女王」と称された柳原白蓮と暮らした旧伊藤伝右衛門邸に行ってきました。
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現在、NHKの朝ドラ「花子とアン」でも大注目の伊藤伝右衛門と白蓮ですが、ドラマの影響もあり、多くの観光客が詰めかけていました。

先妻を病で亡くした伊藤伝右衛門は50歳のとき、25歳の白蓮(柳原燁子)と結婚。白蓮は、伯爵柳原前光の娘で、伝右衛門は年の差のあるお嬢様を迎え入れるためにこの大邸宅を改築したと伝えられています。

敷地面積約2300坪、部屋数25という大邸宅。わざわざ京都から宮大工を呼んで作らせたという内部は、細部にわたって美しい技法に満ちて、まさに豪華絢爛なお屋敷です。

ため息が出るほど華麗で贅を尽くしたお屋敷です。

伝右衛門と白蓮の結婚生活は約10年間続きました。破綻の原因は、白蓮が35歳のときに出会った7歳年下の宮崎龍介(宮崎滔天の長男)との情熱的な恋愛でした。白蓮は宮崎龍介と駆け落ちし、新聞紙上に公開絶縁状を叩きつけました。そのときの伝右衛門の心情は察するに余りありますが、伝右衛門は「末代まで一言の弁明も無用」と口を閉ざし、その後も財界人として精力的に働き続けたそうです。
別邸・赤銅御殿(あかがねごてん)のエピソード…と、感傷的な気分に浸っていたら、こんなお土産が。。。

別の場所には、このようなお土産も。

当時、時代を騒がせた2人の邸宅は観光名所になり、おせんべいやまんじゅうになるなんて。微妙な気もしましたが、記念に購入して帰りました♪
ドラマを見ている人も見ていない人も、現実にあったドラマティックな舞台にぜひ足を運んでみてください。

※掲載されている情報は、2020年01月時点の情報です。プラン内容や価格など、情報が変更される可能性がありますので、必ず事前にお調べください。
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